2013年02月26日

もうすぐひなまつり

こんにちは。玄米酵素(有)健美の鈴木です。

年末からずっと慌ただしい気がしていますが、いよいよ年度末です。
我が家の子供たちには卒業生も新入生もいませんが、
何となく学校の行事や勉強も、残りわずかの焦燥感が増してきた気がします。

気づくと、娘二人のために毎年出している雛人形も出さないまま
2月の終わりを迎えそうなので、
遅ればせながら、家族で協力して、雛人形の飾りつけを致しました。

そもそも、桃の節句は「五節句」のひとつの「上巳の節句」(じょうし/じょうみ のせっく)。
もともとは、中国で、陰暦3月の最初の巳の日(魏以後は3日)に、水辺で穢れを祓ったり、「曲水の宴」が催されたような文化があり、それが日本に伝わったという一節があります。
日本でも「日本書紀」に「3月3日が上巳の節句」との記述が残っていますのでその頃にはもう季節行事としての上巳の節句の文化が、出来上がっていたのかもしれません。

ですがその頃は、今のような雛人形を飾る風習はなく、人形(ひとがた)に不浄を託して川や海に流して、災厄を祓うという風習がありました。古代からの日本の俗信仰として、自分の罪を人形(ひとがた)に託し、肌身にすりつけ、息をふきかけ、これを水に流すのです。

そしてこの祓(はらえ)用の人形(ひとがた)とは別に、「ひひな遊び」のお人形というものがありました。
平安時代の古典「源氏物語」に、貴族の少女達が「ひひな遊び」をしている風景が登場しています。
「ひひな」は、上巳の祓や3月3日とは関係なく幼女の遊び道具として存在していました。
この「ひとがた」と「ひひな」が結びついて、現在の「お雛さま」が生まれたと言われています。

もともと、川に流すなど 捨てていた人形(ひとがた)も時代が進むにつれて「飾り雛」として造られるようになり、江戸時代になると、平安時代の宮廷を模した雛壇の雛人形となってゆきました。

今見ている段飾りの雛人形は、江戸時代頃からのモノなんですね。

今は、綺麗に飾って子供の成長を祈る、ひなまつりの行事も、
その昔は呪術的な祈りをこめた「人形(ひとがた)」であったことは、
それだけ、昔は子供が育つことが難しかったという証拠であるのかもしれません。

子供たちの成長を願いながら、今年も3月3日を迎えますが、
バランスのいい日々の食事と、ハイゲンキをいただいて、
健康で過ごしたいと思います。



posted by 玄米酵素小野寺 at 18:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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